神戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)20号 判決 1983年11月14日
原告 吉田善照
被告 芦屋税務署長
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和五四年五月三一日付でした原告の相続税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(但し、いずれも異議決定で取消された部分を除く。)をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告の被相続人訴外吉田恵弘(以下、「恵弘」という。)は、昭和四三年一〇月二七日死亡した訴外亡田中吉太郎(明治九年六月四日生、以下、「吉太郎」という。)の遺産について、神戸家庭裁判所に特別縁故者に対する財産分与(以下、「財産分与」という。)の審判の申立を行い、昭和五一年四月二四日、同裁判所により五〇〇〇万円の分与の審判を受けた。
(二) そして、昭和五二年三月二三日恵弘が死亡したことに伴い、原告ら五名が法定相続人として右分与申立手続を受継し、右審判は同年七月一一日に確定した。
2 本件処分の存在
(一) 恵弘の法定相続人らは、右審判確定後遺産分割の協議を行い、原告は、恵弘の相続人として、恵弘が審判によつて分与を受けるべき財産のうち一二五〇万円を吉太郎の相続財産管理人から受けたので、右相続財産に係る相続税につき、法定期限内に被告に対し、別紙の確定申告欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、昭和五四年五月三一日付で原告に対し、右別紙の更正欄記載のとおりの更正処分及び同過少申告加算税欄記載のとおりの過少申告加算税賦課決定処分をした。
(二) そこで、原告は、同年七月二四日付で右各処分に対する異議申立をしたところ、被告は、別紙の異議決定欄記載のとおり、これらの処分の一部を取消し、その余の申立を棄却する決定(以下、右決定により取消された部分を除く更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ「本件更正処分」及び「本件過少申告加算税賦課決定処分」といい、この二つの処分を合わせて「本件処分」という。)をした。
3 本件処分の違法
しかし、本件処分は、次の理由により違法である。
(一) 相続税法の適用時について
(1) 財産分与の法律的性格について
民法九五八条の三第一項に規定する財産分与は、被相続人死亡の場合において相続人がなく、また、他に死因贈与等の処分もなされておらず、相続財産法人に帰属した遺産が以後国庫に帰属する場合において、国が衡平的見地から被相続人との特別の縁故者に対し、その申立をまつて恩恵的に審判によりその全部又は一部を取得させる制度である。そして、右遺産の取得者又は取得財産の内容等は、すべて家庭裁判所(以下、「裁判所」ともいう。)において決めることとなつている。
従つて、この財産取得は、被相続人からの相続による承継取得でも、また、国庫帰属後の国庫からの承継でもなく、あくまでも相続財産法人からの無償贈与であり、その贈与は国家が妥当と認める者や、与えられるべき財産を決定してはじめてその者に当該財産を与えるもので、その取得原因はあくまでも国の審判であり、その取得も被相続人の死亡時ではなく、裁判所の審判確定時である。すなわち、それまでは分与を受ける者もまた、分与を受ける財産等も全く予定されていない(当初から縁故者に分与請求権なるものはない。)のであり、一定の縁故を理由に国からの分与審判を受けようとする者は、自ら進んで被相続人との縁故関係の詳細を申し述べ、かつ、これを明らかにして裁判所の審判を仰がねばならないことになつている。
(2) 財産分与による財産の取得の取扱いについて
(イ) 相続税法(以下、「法」ともいう。)三条の二は、民法九五八条の三第一項の財産分与について「与えられた者が、その与えられた時における当該財産の時価に相当する金額を当該財産に係る被相続人から遺産に因り取得したものとみなす」旨規定し、一般に財産分与による財産取得は遺贈に準じてこれを取扱うこととしている。
(ロ) ところで、この規定の趣旨がそもそも遺贈と全く異なる財産分与による財産取得についてこれを遺贈とすべて同一に取扱う趣旨でないことは、両者の法的性格及び内容等を比較してみれば明らかである。
すなわち、遺贈は、贈与者が自らの死亡を原因として一定の財産を死亡と同時に贈与者から直接贈与するといういわゆる死因贈与であり、相続と同じく一定財産を取得することが取得者において当初から具体的に予定されているもので相続と同様受贈者の死亡により効力を生ずるものであるのに対し、財産分与の場合は、本来相続財産が相続人不存在のため国庫に帰属する場合において、前記のとおり国が衡平的見地から被相続人の死亡により相続財産法人に帰属した相続財産の全部又は一部を縁故者の申立により審判をもつて同法人からこれを取得させる制度であり、贈与者も贈与時点も異つている。
また、分与を受ける者及び分与財産の内容等は、すべて前記のとおり裁判所が審判をもつて定めるものであり、この裁判所の決定の確定時にはじめて受贈者の取得者たる地位及び財産等が形成されるのである。
(ハ) 従つて、法三条の二については、前記のような財産分与制度の法律的性格、内容及び租税債務の本質的立場を考慮すれば、この相続財産法人からの取得時点において遺贈を受けたものと解して取扱うべきであり、審判確定時にはじめて遺贈があつたものとして、同確定時の相続税法を適用すべきである。
(3) 財産分与による財産取得者の納税義務の成立及び税額確定の時期等との関係について
(イ) 国税通則法(以下、「通則法」という。)一五条二項四号は、相続又は遺贈の場合の相続税の納税義務は、相続又は遺贈によつて財産を取得した時(すなわち死亡時)に成立する旨規定している。そして、相続又は遺贈が被相続人又は贈与者の死亡を原因とする財産取得で、取得財産が抽象的にせよ当初から予定され、死亡時において確定していることは、前述のとおりである。従つて、この場合被相続人又は贈与者の財産取得が確定する死亡時をもつて納税義務が成立し税額が確定し(同条一項)、死亡時の相続税法を適用すべきことは当然である。
(ロ) しかし、財産分与による財産取得の場合は、前述のとおり国の決定(審判)の確定によりはじめて取得者たる地位や取得財産が定まるのであつて、財産取得時が裁判所の審判確定時であることからすれば、審判確定時に相続財産法人からの財産の承継取得が決定して納税義務が生じ、その時点ではじめて税額も確定すべきことは当然である。
(ハ) 従つて、財産分与による財産取得者は、前記審判確定の時点で相続財産法人からの取得を被相続人からの取得、すなわち、遺贈がされたものと解してその時点の相続税法の適用を受けるものと解すべきである。
(二) 財産分与に関する訴訟費用について
(1) 吉太郎死亡時及び財産分与審判確定時について
(イ) 前述のとおり、吉太郎の死亡時は昭和四三年一〇月二七日で、前記審判確定時は昭和五二年七月一一日であつた(審判事件の内容、神戸家庭裁判所昭和四四年(家)第一五四九号、同四五年(家)第二八九号、第四八〇号、第四九六ないし四九九号、第六四七号、第七三九号、第八一三号、第八六五号、第八七六号、第八七七号、同四六年(家)第一九〇一号、第一九三八号、第二一四三号、同四八年(家)第八三三ないし八四〇号事件)。従つて、右死亡時から審判確定時までは約九年もの期間を要したことになる。
(ロ) このように、被相続人死亡後審判確定に至る間が長期にわたつた理由は、次のとおりであつた。
<1> 吉太郎は、明治九年六月四日生れで、昭和四三年一〇月二七日死亡するに至つたものであり、その間の社会的活動期間も長く種々関与した者も多数にわたつていて、財産分与の申立人も相当数におよび、調査はもとよりその主張、立証に長期を要した。
<2> 同人は資産家であり、また、その主要な遺産は不動産で、不動産賃貸業を主たる営業としたため、その資産調査等に期日を要した。
<3> 本件では、前記審判事件とは別に、他より相続権確認等の訴訟事件が裁判所に係属し、同事件は相続人の有無に関する点で財産分与の審判の前提をなすものであつたため、同事件について相続人がないことの確定的な見通しがつくまで審判が延びざるを得なかつた(訴訟事件、神戸地方裁判所昭和四三年(ワ)第三一二号原告吉田朝枝他・被告財産管理人、大阪高等裁判所昭和四七年(ネ)第一六一四号同控訴事件・同取下昭和四八年九月一一日、他)。
<4> 更に、前記神戸家庭裁判所の審判に対し多数人から抗告がなされて同抗告事件が大阪高等裁判所に係属し、この審理に相当の期日を要した(抗告事件、大阪高等裁判所昭和五一年(ラ)第一三〇号、第一四三ないし一五〇号、第二三九ないし二四五号抗告事件・棄却決定昭和五二年六月二七日)。
(2) 財産分与審判確定までの訴訟経費等の取扱いについて
(イ) 法二条は、課税財産の範囲について、法一条一号により「相続又は遺贈に因り取得した財産の全部」と規定し、同条一号は、「相続又は遺贈に因り財産を取得した個人」が同法に定める納税義務者である旨規定しているので、財産分与の場合の課税財産の範囲が審判書記載の財産額そのものか、審判確定に至るまでの訴訟経費等を控除した額を以て取得額とするかとの点で問題を生ずる。
(ロ) ところで、財産分与の審判は、国が自らの調査だけで何らの申立なしに一定の財産を分与するものではなく、原告らは被相続人との縁故の内容、性質、程度及びその具体的諸事情等をすべて明らかにし、自らが分与を受けるべき立場にあることを明確に申述べて裁判所の審理を仰ぐことはもとより、その審理に応じてこれらを逐一明らかにしていく必要がある。
(ハ) 従つて、これに要する経費一切は、既に一定財産の取得が明らかな相続や遺贈の場合の経費とは当初から異つており、その間の経費一切は、いわば資産形成上要する費用であることは明らかで、当然に取得額決定のうえで控除されるべき性格のものである。まして、前記のとおり、本件は事案が極めて複雑で、事件も審判申立や主張、立証のほか、審判の前提である別件等の対応も必要であつたので、相当の経費を要して審判確定に至つているから、権利取得のために要した経費として当然に控除されるべきである。
(3) 恵弘の訴訟追行の費用、その他これに付随する調査費用について
(イ) 恵弘が本件分与を受けるまでには、次の訴訟追行ないしこれに付随する調査が必要であつた。
<1> 同人は前記審判書にも示されているとおり、吉太郎の異母弟であるが、父訴外田中吉右衛門の認知を受けていなかつたため、右親族関係を明らかにする必要があつたが、その調査は困難を極め、かつ、前記審判事件はもとより、同審判の前提となるべき別件等一切を弁護士に委任してこれに当たらざるを得なかつた。
<2> そして、恵弘は、右訴訟追行及び調査等に多大の日時並びに費用を要しており、その費用の額は分与決定額の一割を優に超えているが、これは財産取得に要した費用であるから、当然これを控除したものが取得財産として把握されるべき性格のものである。
(ロ) 従つて、原告の取得財産額は、分与額から前述した財産分与に至る経費を控除して決定すべきものであり、本件では、右経費は、分与決定額の一割が相当である。
(三) 以上のとおりであるから、原告の相続税は、本件分与財産を審判確定時の昭和五二年七月一一日に取得したものとして、同時点の法律を適用し、その際、訴訟追行その他これに伴う費用等として分与決定額の一割を控除して取得額を算出し、税額を算定すべきであつた。
(四) ところが、被告は、原告(又は恵弘)が昭和四三年一〇月二七日の吉太郎の死亡時に昭和五二年七月一一日確定の前記審判による本件分与財産を取得したものとして、さかのぼつて同人の死亡時の法律を適用し、なお訴訟追行その他これに伴う費用一切の控除を認めなかつた。
(五) 従つて、本件更正処分は、財産分与に関する相続税法の法令の適用を誤つた違法があり、同処分を前提とする本件過少申告加算税賦課決定処分も違法である。
4 よつて、原告は本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項及び第2項の各事実は認める。
2 請求原因第3項について
(一) 同項冒頭部分の主張は争う。
(二) 同項(一)の(1)は認める。同(2)の(イ)は認める。同(ロ)及び(ハ)の各主張は争う。同(3)の主張は争う。
(三) 同項(二)について
(1) 同(1)の(イ)の事実は認める。同(ロ)の<1>のうち、吉太郎の生年月日及び死亡日は認め、その余の事実は知らない。同<2>のうち、同人が資産家で、不動産賃貸業を主たる営業としていたこと及びその主要な遺産が不動産であることは認め、その余の事実は知らない。同<3>の事実は知らない。同<4>の事実は認める。
(2) 同項(二)の(2)の主張は争う。
(3) 同(3)の(イ)のうち、恵弘が訴訟追行、調査等に多大の日時及び費用を要したことは知らない。その余の主張は争う。同(ロ)の主張は争う。
(四) 同項(三)の主張は争う。
(五) 同項(四)の事実は認める。
(六) 同項(五)の主張は争う。
三 被告の主張
1 本件更正処分の適法性について
(一) 財産分与の取扱いについて
(1) 財産分与は、従前、相続財産法人に属していた財産を同法人から贈与するものであり、所得税法に規定する一時所得に該当するとして、所得税の課税対象とされていたが、昭和三九年法律第二三号により相続税法に三条の二が新設され(同年一月一日以後に死亡した者の相続財産の分与について適用。)、「その与えられた者が、その与えられた時における当該財産の時価に相当する金額を当該財産に係る被相続人から遺贈に因り取得したものとみなす。」とされ、相続税の課税対象となつた。
(2) これは、民法上の財産分与の制度が遺言制度を補充するためのものであることから、法三条のいわゆるみなし遺贈の場合とその実質的効果において相違がないとして新設されたのである。
(3) 従つて、右の条文から明らかなとおり、財産分与は遺贈と同一に取扱われるべきものであつて、原告の主張するように「遺贈に準じて」取扱われるべきものと解する余地はない。
(二) 納税義務の成立時及び税額の確定について
(1) 通則法一五条二項四号は、相続税の納税義務が相続又は遺贈による財産の取得の時に成立する旨規定している。そして、相続は死亡によつて開始し(民法八八二条)、相続人は相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除いて、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(同法八九六条)。また、遺言は遺言者の死亡の時からその効力を生じ(同法九八五条一項)、相続と同様にその効力は受遺者に及ぶ。
それゆえ、財産分与を受けた特別縁故者についての相続税の納税義務は、法三条の二の規定により被相続人の死亡の時にさかのぼつて成立し、死亡時に施行されていた相続税法を適用して相続税額を計算し、分与による財産の取得を知つた日の翌日から六か月以内に相続税の申告又は修正申告を行うことにより税額を確定することになる(通則法一五条一項、同法一六条、法二九条、同法三一条)。
(2) ところで、法は一一条で相続税の課税について、相続又は遺贈(死因贈与及び財産分与を含む。以下同じ。)により財産を取得した者の被相続人からこれらの事由により財産を取得したすべての者に係る相続税の総額を計算し、当該総額を基礎としてそれぞれこれらの事由により財産を取得した者に係る相続税額として計算した金額により課するものと規定し、相続税の総額を計算の基礎としている。また、法一六条では、相続税の総額について、同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者に係る相続税の課税価格の金額の合計額からその遺産に係る基礎控除額及び遺産に係る配偶者控除額を控除した金額を当該被相続人の相続人が法定相続分に応じて取得したものとした場合におけるその各取得金額(当該相続人が一人である場合又はない場合には、当該控除した金額。)に超過累進税率を適用して算出した金額の合計額であるとし、一七条で各相続人等の相続税額について相続税の総額を基礎とした計算方法を定め、更に、特別縁故者に係る相続税の申告書(二九条)、修正申告の特則(三一条)、更正の請求の特則(三二条)等を規定している。なお、特別縁故者については、相続税額の加算の規定が適用される(一八条)。そして、これらの規定が特別縁故者の場合に被相続人の死亡時に施行されていた相続税法の適用を前提としていることは、明らかである。
これに反し、原告の主張する審判確定時に施行されている相続税法を適用するとすれば、例えば遺贈により相続財産の一部を取得した者と後日、特別縁故者として財産分与を受けた者とがいる場合、法一六条に従い相続税の総額を計算することは不可能となり、法一一条、一七条、二九条、三一条、三二条等にも反することになる。
(3) 従つて財産分与による財産の取得時期は、遺贈と同様、相続開始時である。
(三) 財産分与に関する訴訟費用について
(1) 法二条一項は、相続税の課税財産の範囲を「その者が相続又は遺贈に因り取得した財産の全部」と定め、法三条の二は、財産の評価について「その与えられた時における当該財産の時価に相当する金額」と規定しているので、原告が主張する訴訟経費等の控除をする余地はない。
(2) 相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人から相続人に対する遺贈に限る)により財産を取得した者が無制限納税義務者(法一条一号)である場合には、当該取得財産の価額から、(イ)被相続人の債務で相続開始の際、現に存し、かつ、確実と認められるもの(法一三条一項一号、一四条一項)及び(ロ)被相続人の葬式費用(法一三条一項二号)の金額のうち、その者の負担に属する部分の金額を控除した金額を課税価格に算入すべき価額にするとされている(法一三条一項本文)。
ところが、本件のような財産分与の場合は、相続債権者又は受遺者に清算した後の残存すべき相続財産の全部又は一部を、家庭裁判所の分与審判によつて特別縁故者に分与するのであるから、本来分与財産につき控除すべき債務又は葬式費用は存せず、また、原告の出捐した訴訟経費が法一三条一項に規定する債務に該当しないことも明白である。
(3) 従つて、財産分与に関する訴訟費用は、分与財産の価額から控除すべきではない。
(四) よつて、本件更正処分は適法である。
2 本件過少申告加算税賦課決定処分について
(一) 前述したところにより明らかなとおり、原告が本件更正処分にかかる相続税の課税について修正申告書を提出しなかつたことにつき、正当な理由があるとは認められない。
(二) そこで、被告は納付すべき相続税額と原告の申告にかかる納付すべき相続税額との差額(増差額)に百分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として賦課決定した。
(三) よつて、本件過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
3 以上のとおりであるから、本件処分には何らの違法はない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張第1項について
(一) 同項(一)の(1)及び(2)は認め、(3)の主張は争う。
(二) 同項(二)の(1)の前段は認め、同後段は争う。同(2)及び(3)の各主張は争う。
(三) 同項(三)及び(四)の各主張は争う。
2 被告の主張第2項(一)の主張は争う。同項(二)の事実は認める。同項(三)の主張は争う。
3 被告の主張第3項の主張は争う。
五 原告の反論
1 遺産に係る基礎控除は、順次その額の引上げ改正が行われているが、このような改正の行われる理由は、財産の価格評価をその時々の時点での経済状態に応じて行いながら、一方で遺産に係る基礎控除額を一定額にすえ置いたのでは、客観的に価値の同じ財産を取得する場合であつても、その取得時期が異なることによつて著しい不均衡が生ずるので、これを調整することにある。
すなわち、法は、一定の時点で価格評価される財産には、その一定の時点で相応するところの基礎控除がされなければならないとの必然的な要請をそれ自身有しているのである。
2 また、法は、相続開始の時点で権利は発生していないけれども、死後の近接性やその実質性からみて相続又は遺贈による財産の取得とみなして相続税を課税する特別の例外として退職手当金等(法三条一項二号)を定めているが、この場合も特に被相続人の死後三年以内に支給が確定したものに限つており、こうした財産取得時又は価格評価時と適用される相続税法の基準時との関係につき、十分配慮している。
3 ところが、本件において、相続開始時の相続税法が適用されるとすれば、一方では価格評価は分与審判の確定時を基準として行いながら、これに対応する基礎控除は全く行われず、しかも、財産分与は分与審判の確定時がいつであるかとは無関係に常に相続税課税の対象となるから、相続開始時と分与審判との確定時との間に極めて長期の期間が存しても、一切対応する基礎控除が行われないとの不合理な事態が発生することとなるが、こうした事態を法が予定しているとは到底考えられない。
4 従つて、財産分与の場合に相続開始時の相続税法を適用することは誤りであるから、本件処分は違法である。
六 原告の反論に対する認否
争う。
七 被告の反論
1 基礎控除の点について
原告がその反論で主張するような事態は、通則法及び相続税法の規定からやむを得ないものである。また、そもそも特別縁故者は本来の相続人等のように相続開始と同時に相続財産に対する権利を取得するものではなく、分与審判の手続を経て恩恵的に権利を取得するものであることに鑑みると、必ずしも不合理とはいえない。
2 退職手当金等に対する課税について
退職手当金等に対する相続税の課税は、原告が主張するように財産取得時又は価格評価時と適用される相続税法の基準時との関係につき意を用いたものではなく、相続税として課税可能な期間内に支給額が確定する場合でなければならないという趣旨にすぎない。
3 よつて、原告の反論はいずれも理由がない。
八 被告の反論に対する認否
争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因第1項(原告の身上等)及び第2項(本件処分の存在)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 本件処分の適否について
そこで、本件処分が適法であるかどうかについて判断する。
1 財産分与制度について
(一) 次の各事実は、当裁判所に顕著である。
(1) わが国の旧民法(明治三一年法律第九号)は、家督相続については、法定(同法九七〇条以下)、指定(同法九七九条)、選定(同法九八二条)の方式により相続人を求め、また、遺産相続については、戸主を最後の相続人としていた(同法九九六条一項三号)ので、相続人不存在ということで相続財産が国庫に帰属することは、極めて稀であつた。
(2) これに対し、現行民法(昭和二二年法律第二二二号)では、近代的相続法理に従い、相続人を直系尊属、直系卑属及び兄弟姉妹又は配偶者として相続人の範囲を限定し、他方、遺言制度の活用によつて、相続人の範囲に含まれなかつた血族又は縁故者にも相続財産を取得させようとする考え方がとられた。
しかし、現実には、生前贈与は行われても遺言はほとんど行われなかつたため、相続人不存在の事例が増加した。そこで、このような場合には、相続財産を国庫に帰属させるよりも血族又は縁故者への分与を認めた方が国民感情にも合致すること及び国の側としても、相続財産それ自体を取得しなくとも、租税によつて収入を得ることができれば十分であることなどを理由として、昭和三七年の民法改正(同年法律第四〇号)によつて、財産分与制度(民法九五八条の三)が新設された。
すなわち、同制度は、被相続人死亡の場合において相続人がなく、また、他に死因贈与等の処分もされていないため、相続財産法人に帰属した遺産が以後国庫に帰属する場合において、国が衡平的見地から、被相続人と特別の縁故があつた者の請求により、家庭裁判所の審判によつてその者に遺産の全部又は一部を取得させる制度であり、いわば、遺言制度を補充するものである。
(3) ところで、財産分与は、従前は、相続財産法人に属していた財産を同法人から役務又は資産の譲渡の対価としてではなく取得するものであるから、所得税法に規定する一時所得に該当するものとして、所得税が課税されていた。
しかし、この相続財産の全部又は一部を与えられる特別縁故者の範囲が、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があつた者に限られていること及び前記のように財産分与制度の趣旨が遺言制度の補充にあることから、特別縁故者が、租税財産法人から相続財産の全部又は一部を受けたときは、その分与を受けた時における当該財産の時価に相当する金額を、被相続人から遺贈によつて取得したものとみなして、相続税法の規定を適用するのが相当であるとして、昭和三九年の相続税法の改正(同年法律第二三号)によつて、その旨の規定が設けられた(法三条の二)。
(二) 以上のような立法の経緯に照らすならば、法三条の二は、法三条のいわゆるみなし遺贈の場合とその実質的効果を同じくするものとして新設されたものであると解される。
従つて、財産分与は、法三条の二により遺贈による取得と擬制されたことによつて、法三条の場合と同様、遺贈と同一に取扱われることになつたものである。
2 納税義務の成立時及び税額の確定について
(一) 納税義務の成立時及び税額の確定
(1) 通則法一五条二項四号によれば、相続税の納税義務は、相続又は遺贈による財産の取得の時に成立することとなる。
(2) ところで、相続は被相続人の死亡によつて開始し(民法八八二条)、相続人は相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き、被相続人の一切の権利義務を承継する(同法八九六条)。そして、遺贈は遺言者の死亡の時からその効力を生じ(同法九八五条一項)、相続と同様にその効力は受遺者に及ぶ。
従つて、これらの場合には相続税の納税義務は、被相続人又は遺言者の死亡の時に成立することとなる。
(3) そして、財産分与による財産の取得が法三条の二の擬制により相続税法上は遺贈と同一に取り扱われるべきものであることは、前述のとおりであるから、財産分与による財産の取得時期は、民法上の取得時期いかんにかかわらず、相続税法上は遺贈の場合と同様相続開始時であると解すべきであり、その課税については、この時に施行されていた相続税法が適用されるべきものである。
(4) ところで、相続税法は、その一一条で相続税の課税について、「相続又は遺贈に因り財産を取得した者の被相続人からこれらの事由に因り財産を取得したすべての者に係る相続税の総額を計算し、当該総額を基礎としてそれぞれこれらの事由に因り財産を取得した者に係る相続税額として計算した金額により、課する。」ものと規定し、相続税の総額を計算の基礎とすることを明らかにするとともに、法一六条で相続税の総額について、同一の被相続人から相続又は遺贈に因り財産を取得したすべての者に係る相続税の課税価格に相当する金額の合計額からその遺産に係る基礎控除額及び遺産に係る配偶者控除額を控除した金額を当該被相続人の法一五条二項に規定する相続人が民法九〇〇条及び九〇一条の規定による相続分に応じて取得したものとした場合におけるその各取得金額(当該相続人が一人である場合又はない場合には、当該控除した金額。)に超過累進税率を適用して算出した金額の合計額であるとし、法一七条で各相続人等の相続税額について相続税の総額を基礎とした計算方法を定めている。
すなわち、相続税法は、遺産分割を仮装した租税回避又は脱税を防止するとともに、相続人間の税負担の公平を期するために、民法上の法定相続人が、法定相続分にしたがつて遺産を分割取得したものと仮定して相続税の総額を計算し、この相続税の総額を、実際に遺産を取得した者が、その取得分に応じて納付するという法定相続分課税方式による遺産取得税方式を採用しているのであり、このような課税方式を採用していること自体がすべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定しているものということができる。
(5) 更に、当初申告とその修正申告とが同一の法令に準拠すべきものであることはいうまでもないところ、法は、相続開始時に遺贈を受けて相続税の申告書を提出した者が、その後において財産分与を受けたため既に確定した相続税額に不足を生じた場合には、その財産分与があつたことを知つた日の翌日から六か月以内に修正申告書を提出しなければならない旨規定しており(法三一条)、右規定の存在からも、財産分与による財産の取得時期が相続開始時であり、その課税につき相続開始時の法が適用されるべきことが明らかである。
(二) 原告の主張に対する判断
(1) 財産の取得時期について
(イ) ところで、原告は、財産分与による財産の取得時期は裁判所の審判確定時であることを理由に、右取得時の相続税法を適用すべきである旨主張する。
(ロ) 確かに、前述した財産分与制度の趣旨、とりわけ、同制度が遺言制度の補充として特別縁故者に対し、家庭裁判所の審判をまつていわば恩恵的に相続財産の分与を認めていることに照らすならば、特別縁故者に対する財産分与による財産の取得時期が、家庭裁判所の審判確定時であることは明らかである。
(ハ) しかし、税法は、私法秩序を前提とし、そこで行われる経済活動又はその成果である各種の収入等の担税力ある事実をとらえて、それに応じた公平な課税の実現を目的とするものであるから、私法において一般に用いられている文言又は概念がそのまま税法において用いられていることも少なくはないが、私法上の規定は、私的自治の原則を前提として承認し、その補充的、任意的な規定として、当事者間の利害を調整することを目的とするものであるのに対し、税法は、当事者間の利害調整という見地とは別個の課税対象事実又はその構成要件として、これらの文言又は概念を用いているものであるから、同じ文言又は概念が用いられている場合であつても、常に私法上のそれと同一の意味内容を有するものと解すべきではなく、税法の目的に照らし合目的に解して、別個の観点からその意味内容を理解しなければならない場合が存在することも否定できず、更に、財産分与による財産の取得については、法三条の二に「遺贈に因り取得したものとみなす。」旨の特別の規定も存するのであるから、その取得時期について、民法上のそれと同一に解しなければならないものではない。
(ニ) 従つて、原告の前記主張は採用できない。
(2) 基礎控除について
(イ) 次に、原告は、本件につき被相続人の死亡時の相続税法が適用されるとすれば、財産分与により取得した財産の価格評価が審判の確定時を基準として行われているのに、これに相応する基礎控除が行われないという不合理な事態が生ずる旨主張する。
(ロ) 確かに、財産分与による財産の取得について被相続人の死亡時の相続税法を適用したうえで通則法一五条二項四号及び法一五条を適用すれば、取得財産の価格評価の時点と基礎控除を行うべき時点とが一致しないという事態が発生する。そして、基礎控除額がその時々の経済事情に応じて順次引上げの方向で改正されている現状(このことは、当裁判所に顕著な事実である。)に照らすならば、財産取得の時点で評価されながら、財産取得時点における引上げられた基礎控除が適用されないという不利益が取得者に生ずることは、まさに原告の指摘するとおりである。
(ハ) しかしながら、財産分与により財産を取得した者は、法三条の二制定後は、その財産取得につき、相続税法の適用を受けるようになつたことで、一時所得として所得税法の適用を受けていたときよりも多くの基礎控除を受け(所得税法三四条と相続税法一五条、なお、これを昭和四三年一〇月二七日の時点でみると、昭和四六年法律第一八号による改正前の所得税法三四条と昭和四八年法律第六号による改正前の相続税法一五条。)、より低い税率が適用される(所得税法八九条と相続税法一六条、なお、これを昭和四三年一〇月二七日の時点でみると、昭和四四年法律第一四号による改正前の所得税法八九条と昭和五〇年法律第一五号による改正前の相続税法一六条。)という利益を受けるようになつたことは明らかである。そして、これに前述のとおり、財産分与が遺言制度の補充として、分与審判の手続を経て特別縁故者に恩恵的に被相続人の財産を取得させる制度として定められた経緯をも合わせ考えるならば、原告の主張するような事態は、前述のようなすべての相続税納税義務者につき、相続開始時を基準とした課税を行うという相続税法の課税体系を否定しなければならないほどの不合理な事態とはいえない。
(ニ) よつて、原告の右主張は採用できない。
(3) 相続税法三条一項二号との関係について
(イ) また、原告は、法三条一項二号所定の退職手当金等に対する相続税の課税が、被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限つて行われることを理由に、本件につき、なお分与審判確定時の相続税法を適用すべきである旨主張する。
(ロ) しかし、同条項は、被相続人の死亡による相続開始の際、退職手当金等の支給が当然に予定され、また、その支給額がその後三年以内に確定したものに限り相続財産とみなして、相続税法を適用するということを定めたものにすぎず(従つて、三年をすぎて確定した退職手当金等が支給された場合には、所得税の課税対象となる。)、財産取得時又は価格評価時と適用される相続税法の基準時との関係を定めたものではない。
(ハ) よつて、原告の右主張は、その前提を欠き、採用できない。
財産分与に関する訴訟費用について
(一) 法二条一項は、相続税の課税財産の範囲を「その者が相続又は遺贈に因り取得した財産の全部」と定め、法三条の二は、財産の評価について、「その与えられた時における当該財産の時価に相当する金額」と規定している。そして、相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人から相続人に対する遺贈に限る)により財産を取得した者が無制限納税義務者(法一条一号)である場合には、当該取得財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際、現に存し、かつ、確実と認められるもの(法一三条一項一号、一四条一項)及び被相続人の葬式費用(法一三条一項二号)の金額のうち、その者の負担に属する部分の金額を控除した金額を課税価格に算入すべき価額にするとされている(法一三条一項本文)。
(二) ところで、前述のように、財産分与は、相続債権者又は受遺者に対する弁済を終え、相続財産の清算をしたあとの残存すべき相続財産の全部又は一部を家庭裁判所の審判によつて恩恵的に特別縁故者に分与するものであり、右特別縁故者は、自ら申立を行つてはじめて分与を受けうることになるものであるから、原告の主張する訴訟費用等は、被相続人の債務ではなく、また、被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもない。
従つて、右訴訟費用等が法一三条一項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。そして、他に本件分与財産につき控除すべき債務又は葬式費用を認めるに足りる証拠はない。
(三) なお、相続税基本通達四一条の四は、「民法第九五八条の三の規定により、相続財産の分与を受けた者が、当該相続財産に係る被相続人の葬式費用又は当該被相続人の療養看護のための入院費用等の金額で相続開始の際にまだ支払われていなかつたものを支払つた場合において、これらの金額を相続財産から別に受けていないときは、分与を受けた金額からこれらの費用の金額を控除した価額をもつて、当該分与された価額として取扱う。」としているが、右通達は、法一三条一項の債務控除は相続人又は包括受遺者に限られているが、財産分与を受けた者は、法三条の二により被相続人から遺贈により当該財産を取得したものとみなされるところから、財産分与を受けた者を包括受遺者に準ずるものとして、その者が支払つたもので、相続財産から別に受けていない被相続人にかかる葬式費用、入院費用等がある場合、すなわち、一定の期間内に相続財産法人にその弁済をすべき旨の請求の申立をしなかつた場合などに限定して、分与財産の価額からこれらの費用の金額を控除したのちの価額をもつて分与財産の価額として取扱うこととしたものであると解される。
従つて、右通達は、控除すべき費用について相続税法の例外を定めたものではないから、右通達の存在を理由に法一三条一項の例外として、財産分与に関する訴訟費用を分与財産の価額から控除すべきものとすることはできない。
(四) 従つて、本件更正処分が原告の訴訟追行費用、その他これに付随する調査費用の控除を認めなかつたことは正当であり、この点に関する原告の主張は理由がない。
4 本件更正処分の適法性について
請求原因第3項(四)の事実は当事者間に争いがないところ、前述のように、被告が本件分与財産の取得時を吉太郎の死亡時である昭和四三年一〇月二七日と認定したこと及び訴訟費用等の控除を認めなかつたことは、いずれも正当である。そして、本件更正処分の計算の過程につき、他に違法又は過誤が存在する旨の主張、立証はない。
よつて、本件更正処分は適法であり、これを違法とする原告の主張は理由がない。
5 本件過少申告加算税賦課決定処分の適否について
(一) 前述のとおり、本件更正処分は適法であり、他方、本件全証拠によつても、原告が本件更正処分にかかる相続税の課税について修正申告書を提出しなかつたことにつき、通則法六五条二項所定の「正当な理由」があることを認めるに足りる証拠はない。
(二) 被告の主張第2項(二)の事実は、当事者間に争いがない。
(三) よつて、被告のした本件過少申告加算税賦課決定処分は適法であるから、これを違法とする原告の主張は理由がない。
三 結論
よつて、原告の本訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上博巳 笠井昇 田中敦)